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嫉妬と信頼性の関係

今日は柄もなく恋愛ネタ。
といっても大して変わりはないでしょうが。
お題は「嫉妬と信頼性の関係」。
そもそも嫉妬というものはどこから発生するのでしょうか。
あなたは自分の好きな人が他人と仲良くしているときに嫉妬すると思います。ですが、これの原因っていうのは、「自分の好きな人が他の人を好きになる」ことを恐れての嫉妬ではないでしょうか。嫉妬とはそのようなものではないかと思います。

ここで重要となってくるのが信頼だと思います。自分の好きな人を100%信頼していれば嫉妬なんてしないのではないでしょうか。相手を100%信頼しているということは他人への心移りはないわけですから嫉妬する必要もないわけです。あるいは、自分の好きな人と仲良くしている他人が自分が信頼している人間だった場合。これも嫉妬しないのではないかと思います。自分が信頼を置く人間ならば自分の好きな人を奪おうとはするとは思えませんから。

ただ、ここで一番重要なのは、好きな人ができないとすべてわからないと思います。世の中には理屈じゃ理解できないことが無限にあるのですから。

テーマ:日記 - ジャンル:恋愛

2007.01.28 | | Comments(1) | Trackback(0) | 未分類

友達

友達というポジションがいったいどんな風にして決まるのか最近気になってます。
そもそも友達の定義って何なんでしょうか。
恐らく、定義なんてないんですよね。
一緒にいると楽しい。理由はこれ以外にないと思います。
それで自分が今悩んでいるのは、この関係が一方的な場合。
相手は楽しくても、こっちは気を使って逆に疲れるとき。
どうするのが一番なんでしょう。
このまま相手に付き合っていくべきなんでしょうか。
あるいは、それが大人なんでしょうか。
別にここに書くことによって答えを求めているわけではないのですが。
ただ、少し自分で書いてみて、気持ちを整理しようと。

やっぱりしばらくは付き合っていこう。

テーマ:ぼやき・・・ - ジャンル:ライフ

2006.12.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

自殺ブーム

今の時代。とても嫌なことですが、自殺が目立ちます。
特に、いじめによる自殺が後を絶ちません。
これは実に悲しいことだと思います。

そもそもいじめとは、どこまでは馴れ合いでどこからはいじめなのでしょうか。テレビでも色々と教育学者が言っていますが、簡単なことだと思います。やられている側、いじめられてる側、つまり被害者が「いじめ」と感じたらそれはもう立派ないじめになると思います。よく、いじめられた生徒が暴力を受けているのが発覚すると、加害者側は、「いじめのつもりはなかった」と答えます。そんなものは関係ありません。被害者がいじめだと感じたら、それは有無を言わさずいじめとなります。

では何故、今になっていじめによる自殺が増えてきたのでしょう。まず、ひとつは社会的現象だと思います。テレビのニュースで同じようにいじめで苦しんでいた人が死んだのを知って、自分も死のうと思うのです。もうひとつに、現代社会の家庭環境のあり方にあると思います。もともといじめというのは、いつの時代も存在します。学校側やマスコミがいくら「いじめをなくそう」と言ったところで、それは人類が滅びない限り不可能なことなのです。また、いつの時代もいじめる側は同じです。違うのはいじめられる側なのです。私はむしろ、いじめはいじめられる側に責任があると思います。先ほど、現代社会の家庭環境と言いましたが、現在共働きの夫婦が増え、子供に十分な愛情や気配りができていないように感じられます。子供がいじめられていたら、まずは親が早急に気付いてあげるべきだと思うのです。それをマスコミは「何故学校側は気付かなかった」などと、責任を学校側に押し付けているのです。また、子供自身にも問題があります。いじめられていると感じたらすぐに、親や学校、あるいは、警察などにすぐに訴えるべきです。すぐに対処してくれます。それを自分ひとりで悩み、死を選択するなど、心が弱いとしか言いようがありません。

いじめをなくす事は絶対に不可能です。ならば、いじめられる側が変わらなければこの問題は一生解決できないと思います。そんな風に私は思っています。

テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ

2006.11.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 幸せ

障害者の雇用問題

今回は障害者の雇用問題について書きたいと思います。
そもそも私がこれを書こうと思ったきっかけは草剛主演のドラマ「僕の歩く道」でした。このドラマ、自閉症の主人公が幼馴染の手を借りながら動物園の飼育係として働きながら、周りの人々の理解を得ていくという内容です。

私が今回印象に残った場面は、同じ動物園で飼育係として働く、主人公と同じ自閉症である息子を持つ一人の人が、動物園の園長がテレビのインタビューで障害者の雇用に対して、「当然のことだ。」と話していたのを聞いて、「どうせ彼みたいな人間は自分のことしか考えてないんだ。障害者を雇用して上司からの評価を得たいだけなんだ。僕はああいう人間が一番嫌いなんだ。少しも障害者のことを思って行動しないんだ。」と言ったところ、それを聞いた主人公の幼馴染が、「それでも、障害者について何も考えなかったり、何もしない人間のほうがよっぽどひどいじゃないですか。実際、園長のおかげで輝明(主人公)は仕事がもらえるんですから。」と言う場面です。

本当にそのとおりだと思います。例え、園長が自分の利益を得るためだけに主人公を雇ったとしても、実際に主人公は仕事を与えられ、それをこなし、一人の社会人として生活できるようになるのです。
私が言いたいのは、すべての人々が障害者に対して、理解をすることが大切なことだと思います。無関心でいたり、差別をしたり、そういった人間が一番最低な人間だと思うのです。少しでも関心を持てば、障害者の社会は変わります。これを機に私も少しながらですが、障害者に対して関心を持てるようになりました。これからはこの関心をいかして、何かに役立てたいと思います。

テーマ:心のバリアフリー - ジャンル:福祉・ボランティア

2006.11.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 幸せ

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2006.10.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 幸せ

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